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たまごかけご飯を日本で最初に食べ全国に広めたという岸田吟香、吟香と言えば「たまごかけご飯」、「たまごかけご飯」と言えば吟香と言われるほど、「たまごかけご飯」は今や岸田吟香の代名詞となっている。
天保4年4月美咲町栃原に生まれ、幕末から明治期、この文明開化の時代を懸命に生き近代日本の礎を築いた吟香は、美咲町いや岡山県が生んだ実業界の先覚者であるといっても過言でないだろう。
津山藩士箕作秋坪を介し米国人宣教師で医師ヘボンとの出会いで人生が一変した吟香は、日本初の液体目薬「精リ水」の製造・発売、日本初の民間邦字新聞「新聞紙」(ジョセフ・ヒコら共同)の創刊、日本初の和英辞書の編集(『和英語林集成』命名)、日本初の従軍記者「台湾新報」、東京盲唖学校の創設、丹波愛育堂(孤児救済)の支援、中国においては、東亜同文書院(大学)や江漢中学校の創設、日清貿易や親善、清国アヘン撲滅と患者救済の病院建設を訴えるなど、実業家でジャーナリスト、教育家、慈善家など多くの顔を持つ。その吟香の発想力(機転)と行動力はどこから生まれたのか。
初代内閣総理大臣伊藤博文をはじめ大隈重信、資本主義の父渋沢栄一や慶応義塾大学創設福沢諭吉など知名度高い政治家・実業家らと親交、近代日本を創り上げた代表する人物の一人だったに違いない。
私たち語り継ぐ会は、岸田吟香をただ単に「たまごかけご飯」だけで語るのではなく、本来の偉業を顕彰し後世に伝えることが今を生きるものに課せられた責務であろうと、下記により美咲町をはじめ津山市など岡山県内の愛好者(世話人)をもって組織している。
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