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岸田吟香を語り継ぐ会
岸田吟香記念館提供

香水づくりの夢をともにした、

北海道開拓使と岸田吟香、

フリーライター
香り文化研究家/香りの通信舎主宰
伊藤 由起子(札幌市在住)

明治10年代、北海道開拓使によって、洋式の香料と香水がつくられました。
北海道開拓使は、明治政府が設置した国直轄の行政機関です。
開設期間は明治2年から15年までと短いながらも、西洋技術を大胆に導入して開拓を推し進め、官営事業により様々な産業を興し、北海道の礎を築きました。
香料・香水の製造も、産業としての可能性を模索する官営事業の一環であったと思われます。
当時の公文書の記録をひもとき、開拓使の香料・香水事業について詳細を調査したところ、この取り組みに岸田吟香が深く関わっていたことがわかりました。

○○○○ 北海道開拓使文書。約8000点ほどが残存し、明治初期の開拓行政を知る貴重な史料として国の重要文化財に指定されている。
香料・香水製造に関する記録は、このような冊子の各所に分散している(北海道立文書館 所蔵)

開拓使が香料の原料にしたのは、甘美な香りを有する海辺のバラ・ハマナスと、楊枝の材とされる芳香性の樹木・クロモジでした。
石狩浜に咲くハマナス(花)と函館近郊のオオバクロモジ(木部)から天然香料となる精油(※1)、すなわちハマナス油とクロモジ油の抽出に成功したのは明治11?12年のことです。
この香料の抽出から販売にいたるまで、開拓使の相談に応じて様々な助言、協力を行ったのが、当時、銀座に薬舗「楽善堂」を構えていた岸田吟香です。
開拓使東京出張所との頻繁なやりとりの記録や、吟香直筆の書簡も複数見つかりました。

岸田吟香を語り継ぐ会

ハマナスの花(バラ科)。英語圏ではジャパニーズローズとの異名を持つ、日本の野バラのひとつ。海浜植物の一種で、バラ様の甘美な香りを放つ。

岸田吟香を語り継ぐ会

クロモジの木(クスノキ科)。香料や爪楊枝の原料として知られる。北海道には道南地方に亜種のオオバクロモジが自生する

このころ、香水といえば舶来品がほとんどでしたが、吟香は楽善堂ですでに「白薔薇水」などオリジナルの香水を商品化していました。
国産香水の先駆けといえますが、原料に用いたのはラベンダー油、ローズマリー油、バラ油など外国産の香料(※2)。そうしたなか、国内の植物で香料の抽出から手がけようという開拓使の取り組みには、大いに興味をそそられたことでしょう。
吟香は、製法についての助言はもちろん、開拓使が抽出した香料の品質はどうか、どのぐらいの価格なら販売が見込めるか、といったことにも親身に意見を授けています。
ハマナス油については、「香水の製法で混和して時間をおけば、舶来のバラ油よりも優れた香りがする。
舶来ものより安ければ売りさばける」と評価。また、米国人化学者が酷評したクロモジ油についても、「石けんの香料に適している。
自分が誰よりも高く買い上げる」と述べています。
そして実際、ハマナス油とクロモジ油は、一部は開拓使が香水に仕立てて販売や輸出を試みたものの、多くは吟香が香料のまま買い上げました。
彼はまた、自身で抽出すべく、ハマナスの花びらも買い上げています。
そして、明治14年に東京・上野で開催された第二回内国勧業博覧会では、吟香の出店コーナーに、ラベンダー油やバラ油など西洋の香料を用いた香水とともに、ハマナスやクロモジの香水が並びました。

○○○○ 北海道開拓使文書の中から見つかった、岸田吟香直筆の書簡。用紙の背景に、楽善堂の商品名などの赤いロゴデザインが散りばめられており、広告の名手だった吟香らしさがうかがえる。
(北海道立文書館 所蔵)

北海道に続き、明治期には各地で日本の芳香植物から様々な天然香料がつくられましたが(※3)、ほとんどが量産には至らず消えていきました。
化粧品産業の発展にともない香料需要が激増し、国産の天然香料では質、量ともにまかなうことができなかったのです。
北海道の香料事業も、開拓使の廃止後、長くは続かなかったようです。
ところが、のちに、ハマナス油とクロモジ油は復活し、産業利用へと至ります。
明治後期、伊豆を主産地に抽出が始まったクロモジ油は、昭和の中頃まで石けんの香料として盛んに利用されました。
また、昭和10年代には香料会社が北海道でハマナス油の抽出を開始し、日本のバラ香料として高級化粧品に用いられ、30年余りにわたり生産が続きました。
まさに吟香が指摘したとおりとなったのです! 開拓使と吟香は、少しばかり時代を先取りしすぎたのかもしれません。
香料・香水事業は、開拓使にとっても吟香にとっても、あまたあるそれぞれの功績からみると小さな業績でしかありません。
しかし、そこには両者の先見性がキラリと光ってます。
そして、いくつもの「日本初」の偉業を成した吟香の傑人ぶりを知るにつけ、北海道開拓にみなぎるフロンティアスピリッツに共通する心意気を感じるのです。
気づけば、私は岸田吟香という男にすっかり惚れ込み、ついには生誕の地・岡山県美咲町へと赴き吟香ゆかりの地を巡る旅を満喫したのでした。
吟香フアンの北海道代表として、美咲町の「岸田吟香を語り継ぐ会」に熱くエールを送りたいと思います。

○○○○ 楽善堂「精(せい)リ(き)水(すい)・楽善堂三薬等」引札(ちらし)。
看板商品の精リ水と三薬の下に、香水や香油などの商品が並んでいる。
「白薔薇」の宣伝文には「これを髪毛に注ぎ あるいは手ぬぐいにしめらし 衣服にふりかければ 身体常にかぐわしく 不浄を払い流行病を防ぐ」とある。(横浜開港資料館所蔵)

※1 精油は、植物を蒸留することによって抽出される芳香物質。
西洋で古くから、薬用や香料に用いられてきた。油様の液体のため「?油」「?オイル」と呼ばれるが、空気にふれると?発する。
香水の基本的な製法は、精油などの香料をアルコールに溶かし水で希釈する。
※2 吟香は明治10年に開催された第一回内国勧業博覧会に出店し、看板商品の目薬「精リ水(せいきすい)」とともに、「吟香水」「白薔薇水」と称する香水を出品している。
出品目録にある原料表示から、ラベンダー、ベルガモット、ローズマリー、シナモン、クローブ、ローズ(バラ)など、多種多様な外国産香料を仕入れて用いていたことがわかる。
外国産香料を用いた国産香水の先駆けでは、よしや留右ェ門の「桜水」が知られるが、明治5年の新聞広告に登場する以外は露出が見当たらず、調合内容も不明である。
※3 明治時代につくられた国産香料には、ハマナス、クロモジのほかに、キク、トウヒ(ミカンの皮)、スギ、ヒノキ、シソ、ショウブ、カノコソウ、コブシなどがある。

吟香が結んだ岡山との縁

人生初の岡山旅行!(柿の木を、初めて見ました)。岸田吟香記念館の初代館長・加原奎吾先生に、ゆかりの地をご案内いただきました。
吟香が生まれ育った奥深い山中の景色は、彼がこの地を後にするときに胸に抱いた大志を思わされ、今も脳裏に焼き付いています。
吟香が結んでくれた岡山との縁は、私にとってとても大切なものとなりました。
語り継ぐ会を通じて、全国の吟香フアンや研究家がつながり、その輪が大きくなっていきますよう願っています。

岸田吟香を語り継ぐ会
岸田吟香を語り継ぐ会

元旭町教育長・元旭町岸田吟香記念 館長
加原奎吾さん、生涯学習課 課長赤木さんと。
また、行きたいなあ。

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