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美咲町において播磨町訪問の話しが持ち上がり、11月27日、青野高陽町長ほか藤原敬三教育長、黒瀬堅志前教育長、平賀生涯学習課長らが訪問した際、私たち岸田吟香を語り継ぐ会に要請があり、定本副会長と山本が同行した。
播磨町では、佐伯謙作町長ほか平野祐次副町長、赤松幸子教育長らに出迎えられ、播磨町と地形や町政状況が全く異なる二町の比較を頭に約1時間、懐かしい話しと播磨町が目指す将来構想の話しで花が咲きました。
この訪問は、2年前、私たち岸田吟香を語り継ぐ会主催の岸田吟香生誕190年・新聞週間特別企画「日本初の民間新聞・岸田吟香&ジョセフ・ヒコ」大講演会を開催したとき、佐伯町長を招待し青野町長と対談してもらいましたが、2年前と全く変わらない佐伯町長の毒舌とユーモアは、みんなの心をとりこにし有意義なひとときを過ごしました。
その後、兵庫県立考古博物館の視察を行い、また播磨町郷土資料館では、水野洋子館長や山口豊教授、井上珠彦元館長らに出迎えられ、新聞の父ジョセフ・ヒコ(浜田彦蔵)創刊「新聞誌」や「漂流記」などの説明を聞き、高野山真言宗「蓮花寺」では、衣巻唯明住職からヒコが両親と家族に贈ったとされる墓(通称「横文字の墓」、町指定文化財)やその証拠となる過去帳を見せてもらい記念撮影も行ないました。播磨町のみなさん、ご多忙の中ありがとうございました。
●耳にした意見(ヒコ関係者より)
※ジョセフ・ヒコが一時期大河ドラマを目指したことがあり、吟香生誕地の美咲町とタッグを組むことで一歩も二歩も前進するのでは。特に現在のマスコミの原点「新聞誌」を取り上げることは、日本新聞協会にとっても地方の新聞社にとっても復活の起爆剤になるのでは。やはり自治体がしっかりしなくては。
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